櫟味ばなし・霜月
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田中一光先生
「 日本のお料理 櫟 」のロゴは、田中一光先生にお願いして
書いていただいたものです。櫟の入り口を入って左側の奥の壁や
個室を飾っているドローイングも田中先生の作品です。
先生は日本の美しい文化をこよなく愛されるデザイナーで、
自他共に認める「食いしん坊」です。書かれたエッセイの中に
いくつも食べ物のお話が出てくることも多く、デザインをお料理に
たとえて説明されることもしばしばです。「あまり煮立たせずに、
やわらかく出したダシ」といった専門家を納得させる表現は、いかに
微妙な料理のニュアンスを知り尽くされているのが分かります。
 船盛りのお刺身のように「鮮度だけのデコレーションでは
デザインとはいいがたい」といったメッセージはまったくその通りと
私を喜ばせます。御自身でお料理されることも多く冷蔵庫にあるもので
時々にアレンジしてお料理をつくられます。お話をうかがった日は
瀬戸内海産の干し海老を使って美味しいカレーを作られたとか。
"干し海老のカレー"とは嫌みがなく、技術的にも無理のないとても
しゃれた発想はさすがです。間違いなくおいしいカレーが出来たに
違いありません。「櫟のカレー」としても使えそうですが、
いかがでしょうか。先生とは、なんどか食事を御一緒させて
いただきましたが、一時話題になったアメリカやアジア、
ハワイなどをミックスさせた環太平洋料理のレストランで
御一緒した時は、日本そばの上にチキンのソテーがのっているのに、
私は少々驚かされましたが、先生は実にその新しい料理を素直に
愉しまれておられました。私のような凡人は悪いところについ目が
行ってしまいがちですが、先生はどんなお料理でも良いところを
発見されて楽しむ事のできる方です。
日本文化は素材感が重要
 先日、家庭画報の記念号で先生が書かれた文章に目がとまりました。
安藤忠雄氏の建築を評価するについて、「・・・安藤建築の特徴の一つは
コンクリートの打ちっ放しの壁ですが、注目すべきは圧倒的な素材感です。
素材感を最大限に引き出すデザインだから、強く印象に残る。
食物でもテキスタイルでも、素材感の重要視は、日本的美意識の
根底にあるものです。この世紀末に二十世紀の日本を振り返ると、
その初めと終わりではすごく開きを感じます。日常着がきものから
洋服に変わったのが象徴的です。和洋折衷がもてはやされる時代も
長く続きました。そして今、安藤建築を見ると、やっと日本の美意識を
ベースにグローバルな仕事ができる時代が到来したという感慨を
持ちます。・・・ 」
 一番美しいものはそのままの姿、きれいな色はそのままの色
おいしいものはそのままの味。出来れば何もしないのがよいのです。
後はいかに美しく箸で食べやすく包丁をして器を選んで盛りつければ良い。
これが日本料理の要訣です。豊かな日本の自然を背景にしている
日本の料理だからこそ素材を活かすのです。"日本の美意識の根底は
素材感の重要視"という明解な先生の言葉は私をなにより心強くしてくれます。
 では日本料理の世界は日本の美意識をベースにできる時代がやってきた
のでしょうか。まだまだ和洋折衷がもてはやされているのでしょうか。
それとも、飽食の後、ようやく健康が気になりだしたばかりか・のどを通る
瞬間だけでなく料理の美しさまで楽しんでいるか。人は食べ物に対しては
矛盾だらけで自分勝手でまさに気分次第ですが、衣や住に遅れないように
食もついていきたいものです。
 田中一光先生は「デザインをつくる上での三原則は、作者の個性、
依頼主の望み、それに社会の目である。このどれが欠けてもデザイン
ではないと、自分自身に銘じている。」とされています。これはそのまま"
一軒のレストラン""ひと皿のお料理"にも置き換えられるます。お店の特徴、
お客様の御要望、それに食べ物の常識、現代社会をきちんと見据えているか
ということでしょう。
日本のお膳・櫟のお膳
 大手町では場所がらお昼には一度に大勢のお客様がほんの1時間ほど
の間に一気に押し寄せられる。でも、夜はゆっくり落ち着いて豊かな時間を
過ごしていただけるようにしたい。というのが櫟に初めからある条件でした。
櫟には昼と夜の二面性があります。このような場合、日本料理屋では、
昼はお弁当か丼物のようなものを中心にしてメニューをつくり、
夜には塗り物のお敷きをテーブルにしつらえてお料理をひと品ずつだすと
考えるのが普通です。でもそれではつまらない、せめて昼の御飯にお茶わんを
きちんと持って召し上がっていただきたいと櫟のオープンを前に考えました。
 そのためにお膳を用いることにしたのです。お膳は盛り付けた料理を
並べたまま重ねてお運びできる便利さから、大勢の客をもてなすには
欠かせない日本の道具でありました。それもテーブルのうえで使うのだから
出来るだけ背を低くしないとだめである。それもできるだけ小さくしなければ
使い勝手が悪くテーブルからもはみだしてしまう。できれば、昼と夜で天板が
取り外せるようにして雰囲気を変えたい。といろいろ案をだし山中の
塗り物師と打ち合わせ、試作をくり返してようやく櫟の膳ができあがりました。
お膳はそもそも床や畳に直において使う道具ですが櫟では
テーブルの上において使っています。このお膳の上におきますとお料理は
ずいぶん豪華に見えるから不思議です。お料理を並べたお膳は、ほかときちんと
区別ができて自分だけの世界がそこに生まれるところが魅力です。
 このお膳は"櫟膳"として登録商標をいただいております。
 田中一光先生に試作中のものを見ていただきましたところ、
「スタッキング出来るようににすれば良い」とすぐに同じ発想を
されたことも驚きのひとつです。

                          おいしいもの研究所
                           代表 土井善晴
                         e-mail doiyoshi@po.sphere.ne.jp
                     

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