櫟味ばなし・神無月
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「器ともてなし」について
割れてもよしとする器
飲食店では器を消耗品として扱ってきました。気軽にだれても
入りやすい飲食店で使っている器というのは、そのほとんどが業務用の
カタログを見て注文する、「割れてもよし」とする食器です。
模造品でない本歌の器や高価な現代作家の見どころのある器というのは、
よほどの高級料理店か趣味人の営む小さなお店でしか扱われることはありません。
そもそも割れてもよい器など本来はあるはずがないのですが、営業的な
理由から割れても仕方がないとしたのです。おかげで日本の飲食店の
サービスがずいぶん乱暴になりました。お料理をのせて運んでくる時は
まだ気を使っていますが、アジアの屋台の料理店であるまいし、食べ終わった
器をお盆やワゴンに何枚もガチャガチャと積み重ねて運ぶ姿は確かに日本料理の
文化ではありません。かねてから、日本料理店でそのような器の扱いには、
たいへんショックを受けていました。
道具の扱いこそがもてなし文化
櫟では器を消耗品と考えないことにしました。飲食業界の常識?以上に
高価な器を使うことでサービスをよくしようと考えたのです。器を割らない
ように扱うことでもてなしの質は上がります。もちろん良い器を使う人の
気持ちにも良い影響があるでしょう。良い音楽を聞くように、良い絵を
見るように。良い湯のみでお茶を飲むだけでずいぶん豊かな気持ちになれます。
そもそも器は割れ物ですが割らないで、使えば使う程美しさを増し愛着心が
強くなるものです。いつまでもていねいに扱われて愛された器が名器として
残っています。器を使い込むこと、これはエコロジーです、名器を扱い楽しむ
日本のもてなしは世界でも最高峰ですが、それを最大限につきつめて発展
させた様式が茶道です。
器を割らない方法
「器を割るな!」と注意しても割れる数を少なくすることは出来ません。
私は「器を扱う時はできるだけ音をたてないようにしてください」と
お願いします。ていねいに扱うというのは、ゆっくり動作することではなく、
器がテーブルなど堅いものにふれる瞬間、まず小指がテーブルに触れて触覚の
働きをしそっと音をたてないように注意をはらうのです。早くても音を
ださないように扱うことは可能です。車の運転にたとえるとスピードを確実に
落とすこ時、安全を確認すべき時ときちんと判断できるのが名ドライバーです。
いくら早く走るためのレースでもガンガンぶつかりながら走るレーサーはいません。
器は積み重ねないのが基本です。ガットガラスのように絶対に積み重ねては
いけない器もありますし、少しくらいは積んでも安定している器もあるでしょう。
どの程度の積み重ねてもよいかは、あらゆる場面に応じ各々が判断しなければ
なりません。たくさん積み重ねて運ぶことは名人芸のようですが、良い器を扱う
ことにおいては当てはまりません。「これくらいなら大丈夫」と山ほど積み上げて
いる人がありますが、周りの人から見て「あぶなっかしい」と思われることは
やるべきではありません。ちなみに、汁等が残っている器に平気で器を
重ねてしまうことも無神経で嫌なものです。
手の価値
懐石料理ではお料理をお盆にのせて運びます。いったんお盆はテーブルに
置き、両方の手で器を持ってお客さまのお膳にのせます。離れたお客さまには
両方の手で器を出そうとしますと、体の重心が不安定になります。左手は軽く
テーブルについて体を支え、右手だけですすめます。いずれにしても、一つの
仕事をするために両方の手を役立てるということが肝心です。喫茶店のように
お盆を左手にのせて、片手でひょいひょいとお膳にお料理を置いたのでは、
なんともつまらなく美味しそうには感じません。両方の手を使うことは一つの
事に神経を集中するということで、物の価値を高めます。何かをしながら、
体をあっちへ向けて片手で渡すというのでは、駅前のビラ配りです。
お運びの仕方一つで、1000円のお料理も半値以下になってしまいます。
 フランスでもミシュランの三ツ星レストランなどでは、お料理を大きな
銀のプレートにのせて一度サイドテーブルまで運び、そこで意を正し、
やはり一皿ずつ両方の手でお客様に出します。
ビストロなど気軽なレストランでは、料理を盛った皿を二?三枚左の
腕にのせて、手際良く片手でお料理を出すサービスマンの姿は格好良く
見ていて心地よいものです。日本でも飯屋やうどん屋など、伝統的に
気軽なもてなしのみごとなお店があります。このようなお店はとにかく
忙しいということ。だからこの気楽さも許されるのです。大切なことは、
このようなお店でも、お客様のすくない余裕のある時間帯はそれなりに
きちんとていねいなサービスをしているということです。一つのルールで
すべてを満たすことは出来ません。
 反対にとにかく忙しい時に、ただていねいなサービスや説明をして
いたのでは、無神経で不親切になります。ていねいでも、過ぎると
馬鹿ていねい。真面目でも過ぎるとクソ真面目になります。
パリの三ツ星レストラン アルページュのシェフ アラン・パッサールの
担当するポジションはローティスリー(焼き場)です。毎朝7時半には
小羊の股、塊のビーフや丸鶏の姿を美しく整え、自ら焼き上げる
ローストやブレーゼは完璧。炎の囁きを聞き分ける焼き物の名人と
高く評価を得ています。(Vogue paris no792)
三年前、小粒のじゃがいもとにんにくと酸味の効いたにんじんを
あしらった仔牛のローストとチャーミングなマダムの愛情ある
サービスが忘れられません。
 後年、彼が日本に招待されて、「料理の鉄人」というTV番組に
出たことがあります。・・たまたま見ていたのです。・・・
そう彼のフォアグラを扱う手に感動しました。ただ素材を持ち上げて
丁寧にバットに置き換えた手です。その手の表情から、彼の料理に
対する心摯な姿勢や人並みはずれた愛情量、自信・・・あふれていました。
彼の焼き上げるローストが不味くなる理由など、どこにもありません。
 私は今、このように思い出しても尊敬の念でいっぱいになります。


                          おいしいもの研究所
                           代表 土井善晴
                         e-mail doiyoshi@po.sphere.ne.jp
                     

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