櫟味ばなし・如月
                                  |戻る前のお話へ次のお話へ

        ●水菜のはりはり鍋
        「寒くなって水菜がそろそろ美味しくなっているよ」と
        大寒を迎える頃、祖母や母が話すのを聞くとかならず
        ”はりはり鍋”が夕食の献立になりました。濃いめの割り出しを
        用意して、鯨の肉を煮ながらすきやき同様溶き卵をつけて食べます。
        水菜はぐつぐつしたところに入れて色が変わる程度にさっと
        煮て食べるのです。自分が食べる分だけを鍋に入れて一瞬の
        タイミングを計ってとりだし口に運ぶ野菜の旨さは子供の
        私にも快感でした。
        ”はりはり”の名はまさに水菜の歯切れからと教えられない
        までに実感でき、名前に反して味の濃い菜っ葉でした。鯨と水菜、
        野菜と肉であれば肉が主のようですが、”はりはり”は
        そうとも言えません。
        ▼出会い物 
        水菜と鯨、鰤と大根のように相性のよい素材を”出会い物”
        と言います。水菜と食べた脂のある”おの身”の味は忘れられ
        ませんが今あのような鯨を食べることはもうできません。
        よきお相手を失った水菜はやはり活躍の場を失い、私もすっかり
        あのように一度に大量に食べる機会はなくなりました。
        ▼水菜と壬生菜
        大阪の水菜のひと株は大きな白菜よりもまだまだ大きく、
        買い物かごに水菜を入れればもう他の物は何も入らない程でした。
        改良されたごく小さな株の水菜が東京のマーケットに出ていますが
        おいしさは比較になりません。水菜は大阪の野菜です。
        「大阪の水菜はギザギザの葉をしていますが、京都では土が
        違うためか刃先が丸くなって壬生菜となる」と辻留さんが
        かつて書いておられました。
        ▼京野菜!? 
        にもかかわらず東京のマーケットでは壬生菜だけでなく
        水菜までが京野菜として売られています。子供から食べつけていた
        大阪の”しろ菜”までが京野菜としてでているのは驚きましたが、
        東京の人はよほど京都に弱いようで京都ブランドというとよく
        売れるのです。淀大根・葉ごぼう岸和田の竹の子・うすいエンドウ・
        八尾のウド・泉州水なす、タマネギ・・・大阪にもおいしい野菜が
        たくさんあるのに大阪商人もこの頃は元気がないようで、商売根性
        までも京都にお株を奪われているようです。
        ●白菜のはちまき 
        今年は気温が高く本当の意味でおいしい冬野菜が手に入りません。
        冬は冬らしく寒くなるのがいいのです。冬の畑に残っている白菜の
        頭を縄でしばっているのを見たことがありますか? 外側の
        大葉を上のほうを葉が開かないように縛り、雨水が入って腐らない
        ようにしているのです。気温が下がりときには白菜が凍って
        しまいますが昼には柔らかくなり乾燥しまた凍るのです。これを
        くり返して完熟になり甘味がまして歯切れがよくなるのです。
        生でも甘く、さっと塩をして浅漬けで食べれば間違いなく冬の
        白菜の旨さに唸ってしまうでしょう。
        ▼見た目より味 
        こういった白菜は見栄えがしません。茶色くなった外葉をむいて
        しまえばラグビーボールよりもまだ小さくて白い使い残した白菜に
        しか見えません。ゆえにマーケットに並ばず、ほとんどが生産者
        自身で食べる自家用となります。見た目より味、白菜にはちまきを
        して手をかけて美味しくするのは美味しさを分かる人のためなのです。
        ▼無知  
        実をつけていない若い野菜を見て何の野菜か全く分からなかった
        自分が恥ずかしく、もう長年料理をしているのに野菜のこと旬のこと
        何も知らない自分にショックを受けた時を思い出します。冬仕度を
        した白菜を、今では私も当たり前のことと捉えられるようになりました。
        その最初がこのはちまきの白菜です。今でも生産者から学ぶことの
        いかに多いことか・・・間引き菜、中抜き大根、とうたち菜一つの
        野菜でも時期によって名前が違うことさえも・・・
        ●農家の工夫 
        美味しい野菜を作るために農家ではいろいろの工夫をしますが、
        その多くは自家用のものです。りんご農家でも自分達が食べる分の
        りんごには故意に釘で傷をつける事があります。そうするとりんご
        自身がその傷を治そうと栄養分を送り込み、その分風味が増し数段
        美味しくなります。鳥が傷つけたりんごから学んだ知恵です。
        ちょうど私達が骨を折ったりした時、その骨は強くなって同じ
        ところはもう折らなくなると同じことのように思います。
        高原野菜がおいしいと評価が高いのも同じことで気温の日較差が
        大きく日照時間が短いことで、野菜の成長には悪条件です。
        適切な気温で太陽に照らされるつかの間に、野菜は精一杯エネルギーを
        取り込んで一気に成長するのです。条件が悪いからこそ流れる血は
        濃く生命力溢れるのです。
        ▼寒じめ栽培 
        こういった一部の生産者だけの知恵を農業の生き残りに役にたてよう
        という動きがこの頃出てきました。まだ実験段階ですが東北地方などで
        「寒じめ」栽培というのだそうです。
        1月29日の農業新聞の記事にありました。[栽培は無加温ハウスを
        使い、収穫適期前にハウスの両サイドを解放。寒気に当たった菜っ葉は
        身を守るために栄養分を多く貯え、夏場のものに比べ糖度で五倍、
        ビタミンCで三倍になる。甘味が強く、葉がごわごわしているのが特徴。
        菜っ葉の凍結は細胞間の水が凍るだけで生育に影響はなく、
        気温が上がる昼ごろから収穫が始まる。]
        ▼雪下の野菜
        雪深い地方では野菜を畑のままにしておくとどこに野菜を植えて
        あるのか分からなくなってしまいます。とくに畑から突き出た大根は
        凍みてしまいます。引き抜いて場所を決め竹ざおを印にして土に
        埋めておくのです。青菜、蕪、葱、大根、干し柿、人参、ごぼう 
        いろいろ埋めてありますがどれもこれもこうしている間に完熟に
        なるのです。すでにヒビがはいっているものもありますが、
        包丁で切ろうとすると弾けて割れてしまう程です。人参も菜っ葉も
        一層色鮮やかになっているから不思議です。
        ▼新潟市
        市の中心にある本町市場では毎朝かつぎの八百屋さんが自分で
        作った野菜を自分で売りに路上に店をだします。小さな手書きの
        札には雪下だいこん・雪下にんじん、路地もの朝取り冬菜、朝取り
        ほうれん草とあります。
        そういえば有名な茶豆(枝豆)も新潟の人にとっては朝取りのもの
        に限るのです。
        新潟人は偉い! 都会に居ながらにして土を感じ、生産者の顔を
        見れる新潟が好きで通いだしてもう4年になりました。
        ▼岡山県
        東粟倉の雪の重みに押さえつけられ葉を大きく広げたほうれん草は
        40cmにもなっていました。濃い緑色の葉は分厚く引き抜くと
        鮮やかな赤色の根をしていました。葉と軸を分けてその太い軸のみを
        茹でアクを抜く。だしに漬けることもしょうゆをかけることさえ
        不要の連軸の料理です。
  


                                  おいしいもの研究所
                                    代表 土井善晴
                                  e-mail doiyoshi@po.sphere.ne.jp

                      

                                 |戻る前のお話へ次のお話へ