櫟味ばなし・睦月
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       あけましておめでとう ございます。
       皆様にては良いお正月をお過ごしになられましたことと
       存じます。本年もよろしくお願い申し上げます。
       二千年、新世紀これからの時代に、伝え続けて
       いかなければならないこと、再生しなければならないもの。
       日本の「食」について疎かにされがちな事を話題に
       「櫟味ばなし」でお話させていただき、また櫟にて
       実践していければと存じます。
       ●家庭料理とプロの料理
       物をムダにしない家庭料理の合理性からあらゆる料理が
       発展したことはすでに述べました。ゆえに、すべての料理の
       はじめは家庭料理であることは間違いありません。
       家庭料理に原点があるのです。
       櫟は家庭料理として評判が良いようですが、プロの技術を
       もって作った家庭料理は美味しいに違いありません。
       昔ながらの肉じゃがや芋の煮ころがしに代表されるような、 
       子供のころから食べて育った料理、土地の素材を生かした
       昔ながらの調理法で作ったお料理が家庭料理です。
       日本料理において「美味しいものを作る技術は家庭料理も
       プロの料理も変わらない」というのが私の持論です。
       事実、高級なプロの料理と家庭料理は実に良く似ています。
       高級料理は高価なよりすぐりの鮮度の良い素材を追求
       して仕入れをします。
       ”日本料理の素材を生かす事が肝心”の精神どおり良い素材から
       味を引き出す調理をします。家庭料理も同様です。そのためには、
       やはり値段は安くとも鮮度の良いイワシや菜っ葉を買ってきて
       焼いたり煮たりということです。どちらも素材がよいからこそ
       調理法はいたってシンプル、栄養価を損なわないで物の味を
       素直に楽しむ事のできるお料理です。敢えてその違いを言えば、
       包丁の精度、厳選された器、演出された盛り付けの美しさ
       などでしょう・・・・。
       素材に無関心で安ければよいという発想で調理したとします。
       そういったものには鮮度の中にこそある素材の持つ底力、
       風味や香り・・・がありませんから、何かをプラスして、
       満足できる味にかえなければなりません。手数を増やすか香辛料や
       調味料を加えることになります。それを工夫と称してマヨネーズや
       ケチャップやソースなどを料理にかけて食べると素材の味を
       感じなくなってしまうことは誰もがお分かりでしょう。
       素材につけた味と素材から引き出した味の違いです。
       ●人の味覚は食選択能力
       「そのものの味がなくなってはいけないのか?美味しければ
       良いでのはないか?」という疑問が生まれます。
       美味しいと言うことは重要なことで美味しい物には必ず私達に
       必要な栄養素が含むことを示しています。
       味覚とはそもそも私達にそなわった食選択能力であるからです。
       ただ食べる楽しみのみにあるわけではありません。食べることで
       それが体に必要な物であるかどうかを判断できるのです。
       あらゆる加工食品に大量の化学調味料や保存料が入っていますが、
       この科学調味料が現代人の味覚を狂わせているひとつの原因でしょう。
       ”まずいものが美味しくなる”一見良いことのように思いますが、
       その裏側では私達の能力を退化させているのです。美味しさが健康な
       体をつくる道しるべとなります。
       またもう一面では、嫌な味や匂いがあれば食べてはいけないという
       危険信号と解釈できます。美味しいことだけでなく不味いということも
       重要です。不味いものを美味しく見せかける必要はありません。
       また、毎日食べるお料理が、感激するほど美味しすぎる必要も
       ないのです。少し物足りないなあという位がちょうどよいのです。
       ●フランスの家庭料理
       美食家のフランス人たちが日常的に何を食べているのかは興味の
       あるところです。よその家の食卓は私の想像の及ばないところですが
       おそらくフランス人たちの家庭の食事は平均的な日本人と比較しても
       ひじょうにシンプルであることは間違いないように思います。
       リヨン郊外のブロンという小さな町で、フランス料理界の長老的存在で
       あったマルク・アリックス氏のお宅に私はながらく居候していました。
       週末には必ず別々に暮らしている息子夫婦達が両親の元に集まり
       テーブルを共にします。メニューはスープと焼き立てのチキンや
       小羊の腿のロースト等にサラダ、チーズ、果物にデザートでした。
       月曜日は野菜スープと前日のローストの残りのコールドチキンに
       チーズと果物。火・水・木曜日は、野菜スープにサラダとハムや
       少しの肉、チーズと果物。金曜日だけは魚でしたが、ほとんど
       代わりばえしません。
       それでも、栄養のバランスはよく、メインディッシュが少し
       物足りなく感じても、チーズで食事の分量を充分に補えました。
       その上、かごに盛られたクルミやりんご、洋梨といった季節の
       フルーツを自分のテーブルナイフを使って各自が剥いて食べるのですが、
       最後のフルーツの甘さで食べたという充足感が得られました。
       もちろんワインは欠かせず、かかり付けの医者に禁酒を命じられている
       にもかかわらずアリックスさんは赤ワインだけは良いと医者は言うんだそうで
       毎日飲まれていました。彼の家での食事はいつもこんな感じの食事でしたが、
       一緒に出かけた日は必ず友人の店や地方の村ならではのレストランで
       土地のものを食べるのが楽しみでした。レストランでは家の食事と
       歴然と違う。当たり前のことですが、日常が質素な食事であるからこそ
       めりはりが喜びになるのです。
       職場では若いコックが結構いろいろなまかないのメインディッシュ
       作るのですが、やはり野菜のスープとチーズ、フランスパン、ワインは
       変わりません。 
       ●スープの楽しみ方
       この毎日の野菜スープですが、作り方をいいますと
       じゃがいも人参、セロリ、ネギ等の野菜をこまく刻んでバターで軽く炒め
       水を加えて強火で野菜を柔らかく煮て、塩胡椒で味を整えただけのものです。
       みなさんが飲まれたら、こんな味のないスープ、「美味しくない」って
       きっと思われるでしょう。水だけでコンソメの素さえ使いません。
       でもスープストックでなく水のほうが野菜の味がとても生きてくるのです。
       毎日の事ですから、ちょっと物足りないなと感じるくらいのほうがよく、
       薄味に慣れてくると随分美味しく楽しく食べられるようになってくる
       ものです。
       楽しくとは、薄味で作っているからひとそれぞれの自由がきくのです。
       塩を加える、胡椒を挽く、バターを落とす、オリーブオイルをたらす、
       ミルクやフレッシュのクリームをそそぐ、チーズをおろす、
       フランスパンを浸す・・・
       皿に盛られた同じスープを年寄りも、子供も自分好みにつくり
       変えます。やりかたによってはあっさりもこってりも思いのままです。
       食卓の自由さはこれに限らず、塩気の強いチーズにバターを混ぜて
       食べたり、ワインを水で割って薄めて飲むことも当たり前だし、
       何もない時パンに生の牛挽肉とバター・マスタードをつけて食べること、
       ラディッシュにはバターやサラミがよくあうことなど、テーブルの上で
       作る美味しさはいろいろあります。
       ●レストランの楽しみ 
       休み明け、一人暮らしの同僚たちに「昨日は何をたべた?」と聞いても
       「別に、何も食べなかった・・・」といった返事がかえってきます。
       おそらく、残りのフランスパンをかじり水かワインでも飲んでいた
       のでしょう。そんな彼らとの楽しみは、たとえば、寒くなれば
       「牡蠣を食べにいこう」と仕事が終わってから専門店に出かけることでした。
       フランス人が、一年に一度か一生に数度・・・ガイドミシュランの
       評価の高い三ツ星のレストランに出かける時など、朝から何にも
       食べないのが普通でしょう。有名レストランのテーブルでメニューと
       にらめっこしてじっくり時間をかけて料理を選び、オーダーがすめば、
       揉み手をして「よし食べるぞ」という気魄さえ感じさせます。
       もちろんダイエットのことなどいっさい気にしません。
       それだけに満足したいという欲望は強くなり、レストランに対しての
       要求や評価もひじょうに厳しくなります。ちょっとでも料理や
       サービスにミスがあれば、丁寧な文章で厳しい手紙がお客さまより届きます。
       そんなことがあればシェフは激怒して担当者がシェフに尻を蹴りあげられる
       こともしばしばでした。 


                                  おいしいもの研究所
                                    代表 土井善晴
                                  e-mail doiyoshi@po.sphere.ne.jp

                      

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